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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)2021号 判決 1960年7月13日

原告 破産者大和電気産業株式会社破産管財人 安富敬作

被告 寒川雄之助 外一名

主文

原告の被告両名に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「(一)原告と被告寒川雄之助との間で、同被告は被告酒井建設工業株式会社に対し大阪地方裁判所昭和三四年(ワ)第五〇九号譲渡債権請求事件につき、同年四月七日成立した和解調書に基づく債権の存しないことを確認する。(二)被告寒川雄之助は前項の和解調書に基づく執行をしてはならない。(三)被告寒川雄之助は原告に対し金二五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三四年五月二三日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(四)被告酒井建設工業株式会社は被告寒川雄之助に対し第一項の和解調書に基づく債務の支払をしてはならない。(五)訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決ならびに右第三項について仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、訴外大和電気産業株式会社(以下破産会社と称す)は大阪地方裁判所昭和三四年(ワ)第一五号破産申立事件において昭和三四年四月八日破産宣告を受け、原告はその破産管財人に選任された。

二、破産会社は大阪市大淀区中津南通二丁目五五番地に本店を置き、電球および電気器具の製造販売を目的とする資本金五〇〇、〇〇〇円の会社であつたところ、代表取締役であつた訴外上田忠義の放漫な経営により、逐次負債を増し、昭和三三年一一月二六日現在、一二、〇〇〇、〇〇〇円以上の債務超過(債務総額二二、六〇〇、〇〇〇円、資産総額一〇、〇〇〇、〇〇〇円)となり、同日ついに手形の不渡を発表し支払を停止するに至つた。

三、訴外上田は昭和三三年一二月一日被告寒川に対し、破産会社が被告会社に対して有する売掛代金五、〇一五、四八〇円の内金一、〇〇〇、〇〇〇円を譲渡した。被告寒川は右譲受債権の取立のため、昭和三四年二月九日当庁に譲受債権請求の訴を提起し、当庁同年(ワ)第五〇九号事件として係属、同年四月七日被告寒川と被告会社との間に次に記載のような裁判上の和解が成立した。

(一)  被告会社は被告寒川に対し金九五〇、〇〇〇円の支払義務を認め、昭和三四年四月、五月、六月の三ケ月間毎月末日限り金二五〇、〇〇〇円宛同年七月末日限り金二〇〇、〇〇〇円を被告寒川訴訟代理人事務所に送金支払う。

(二)  被告会社において前項の支払を一回でも怠つたときは期限の利益を失い、残額一時に請求を受けるも異議がない。

(三)  被告寒川のその余の請求を抛棄する。

被告寒川は右和解条項に基づいて被告会社から同年四月分としてすでに金二五〇、〇〇〇円の支払を受けた。

四、しかしながら、右債権譲渡は

(1)  破産会社と被告寒川が通謀の上、破産会社が多額の債務超過となり多数の債権者に対して債務を弁済することができない状態にあるにもかかわらず、破産会社の一般債権者の共同担保を害する意思をもつてなした行為である。

(2)  破産会社が支払を停止した後にした破産債権者を害する行為であり、被告寒川は右支払停止の事実を知悉していたものである。

よつて、原告は破産法第七二条第一号および第二号に基づいて右債権譲渡行為を否認する。

右債権譲渡行為の否認により、譲渡された債権は破産財団に復した。したがつて、被告寒川は前記和解調書に基づく債権を有しておらず、和解調書に基づく執行をしてはならないしすでに昭和三四年五月一日受領した金二五〇、〇〇〇円は原告にこれを償還する義務がある。また、被告会社は被告寒川に対し前記和解調書に基づく債務の支払をしてはならないのである。

五、よつて、原告は債権譲渡行為に対する否認権の行使により(一)原告と被告寒川との間で同被告は被告会社に対し、前記和解契約に基づく債権を有しないことの確認、(二)被告寒川に対し右和解調書に基づく執行禁止(三)被告寒川に対し金二五〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三四年五月二三日より完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払(四)被告会社に対し前記和解調書に基づく債務の支払禁止を求めるため、本訴に及んだ。」と述べ、右債権譲渡行為の否認が認容されない場合の予備的の請求原因として

「仮に本件債権譲渡が昭和三三年一二月一日になされたものでなく、同年八月五日になされたものであるとしても、原告は破産会社が昭和三三年一二月一日付、同月三日差出、同月五日到達の書留内容証明郵便をもつてした、債権譲渡の通知行為を否認する。すなわち、右通知は破産会社の代表取締役上田忠義と被告寒川が通謀の上、破産会社が多額の債務超過となり多数の債権者に対して、債務を弁済することができないにもかゝわらず、一般債権者の共同担保を害する意思をもつて、破産会社が支払を停止したのちにしたものである。それゆえ、原告は破産法第七四条に基づき右通知行為を否認する。そうすると、被告寒川は破産財団に対し前記債権譲渡をもつて対抗することをえないのであるから、結果は債権譲渡行為が否認されたと同一に帰着する。よつて、これに基づいて第一位の請求の趣旨と同一の判決を求める。」

と述べ、

証拠として甲第一ないし第四号証を提出し、証人野崎卯一郎同掘江俊則の各証言を援用し、「乙第一ないし第四号証の成立は不知、乙第五号証は郵便官署作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知、乙第六号証の成立は認める。」と述べた。

被告等は主文同旨の判決を求め、第一位の請求原因に対する答弁として、

「請求原因第一項の事実は認める。第二項の事実中、破産会社の本店所在地、その目的が原告主張のとおりであることおよび訴外上田忠義が破産会社の代表取締役であつたことは認めるが、その余の事実は争う。第三項の事実は認める。第四項の事実は否認する。

被告寒川は昭和三三年八月五日破産会社に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円を、弁済期、内金三〇〇、〇〇〇円同年一一月七日、内金三五〇、〇〇〇円同年一二月八日、内金三五〇、〇〇〇円昭和三四年一月二〇日の三回払、利息月三分三厘の約で貸し付けた。右消費貸借の成立以前に被告寒川の友人で当時破産会社の業務取締役であつた訴外掘江俊則が被告寒川方に来て、破産会社が被告会社御母衣作業所に納品する電気資材の資金を融通してくれと懇請した。被告寒川は当初無担保信用貸しでは心配でちゆうちよしたが、訴外掘江と専務取締役の訴外野崎卯一郎の両名が保証人となり、かつ担保の目的で破産会社が被告会社に対して有する売掛債権四〇〇余万円のうち一〇〇万円について信託的譲渡をする約束ができたので、同年八月五日前記貸金をなすとともに同時に右趣旨の担保の目的で右債権譲渡を受けた。そしてこれを明確にするために同日付の借用金確証(乙第一号証)債権譲渡証(乙第二号証)取立委任状(乙第三号証)の交付を受けたのである。しかし、その当時破産会社から被告会社に対し債権譲渡通知はしなかつた。

その理由は当時破産会社の営業は順調健在であり、債権譲渡通知をすればかえつて破産会社の信用を落とす心配があつたからであり、被告寒川としては、十分な法律知識がないので譲渡証と委任状を貰つた以上当然返済が受けられると安心していた。ところが同年一一月二七、八日頃訴外掘江から破産会社が同月二六日に手形不渡を出し営業は事実上中止状態にある旨聞かされたので、さきに譲渡を受けた債権について被告会社から支払を受けられるように手はずして欲しいと頼んだ。そこで同年一二月一日被告会社に上田社長と掘江常務と被告寒川が会合した席上同日付の債権譲渡通知書(乙第五号証)が作成されそれは同月五日、被告会社に到達した。右債権譲渡通知書の作成された日に別に同日付で売掛代金一、〇〇〇、〇〇〇円の譲渡証書(乙第四号証)が作成され被告寒川に交付されたが、それは昭和三三年八月五日作成の譲渡書は古いから新しいのをもう一枚貰つて置いた方が安心ではないかとの親切心からなされたものである。」

と述べ、予備的の請求原因に対する答弁として、

「本件債権譲渡の通知が破産会社より被告会社に対し、昭和三三年一二月一日付同月三日差出同月五日到達の書留内容証明郵便をもつてなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。」

と述べ、

証拠として、乙第一ないし第六号証を提出し、証人野崎卯一郎同掘江俊則の各証言、被告寒川本人の供述を援用し、甲号各証の成立を認めてこれを利益に援用した。

理由

一、破産会社は大阪市大淀区中津南通二丁目五五番地に本店を置き、電球電気器具の製造販売を目的とし、その代表取締役は訴外上田忠義であつたが、大阪地方裁判所において昭和三四年四月八日破産宣告を受け、同時に原告が破産管財人に選任されたこと、被告寒川が破産会社より破産会社の被告会社に対する売掛代金債権の一部一、〇〇〇、〇〇〇円の譲渡を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、原告は右債権譲渡は、昭和三三年一二月一日になされたと主張するに対し、被告はこれを否認して、同年八月五日になされたものであると抗争するので、まずこの点について判断する。

成立に争いのない甲第二号証に、証人野崎卯一郎、同堀江俊則の各証言および被告寒川本人の供述ならびに、これらにより真正に成立したと認められる乙第一ないし第四号証(乙第四号証は甲第二号証と同一)を総合すれば、被告寒川は、その友人である破産会社の工事担当取締役堀江俊則の懇請により同訴外人および訴外野崎卯一郎の保証のもとに、かつ、担保の趣旨で売掛代金債権の信託的譲渡を受ける特約のもとに、破産会社が被告会社に送る資材の購入費を融通することになり、昭和三三年八月五日金一、〇〇〇、〇〇〇円を、弁済期、内金三〇〇、〇〇〇円同年一一月七日、内金三五〇、〇〇〇円同年一二月八日、内金三五〇、〇〇〇円昭和三四年一月二〇日、の三回払とし、利息月三分三厘の約で貸し付け、この消費貸借債務の譲渡担保として即日被告会社より本件債権の譲渡を受け、同日付の譲渡証と取立受領の委任状の交付を受けたこと、その際債権譲渡の通知はしなかつたが、それは当事者が当時の破産会社の営業と信用状態を考慮したのと譲渡債権の取立委任状をもつて十分としたからであること、甲第二号証(乙第四号証)は昭和三三年一二月一日付の破産会社から被告会社に対する本件債権の譲渡証であるが、これは同日付で譲渡通知をする便宜上念のために作成されたものにすぎないことを認めることができ、以上の認定を左右する証拠はない。そうすると、本件債権譲渡の年月日は被告主張のとおり昭和三三年八月五日であるとみるほかはなく、昭和三三年一二月一日に本件債権譲渡がなされたという原告の主張は排斥する。

三、そこで以下本件債権譲渡は昭和三三年八月五日になされたものとしてこれについての、否認権行使の当否を判断する。

まず原告は悪意否認の成立を主張するので考えてみる。破産法第七二条第一号の規定する悪意否認は、民法第四二四条の詐害行為取消とその実質ならびに基礎を同じくするものであるが債権発生契約に際しこれに附随する担保の特約に基づいて当該債権者のために担保を供する行為は、債務者が他の債権者に対する共同担保の減少をはかり、もしくは弁済を回避する等の不当な目的で、ことさらにその特定の債権者と通謀してした場合のほかは、詐害行為取消や悪意否認の目的とならないものと解するのが相当である。破産会社が被告会社に対して有する売掛代金の内金一、〇〇〇、〇〇〇円についてなされた本件債権譲渡は、破産会社が被告寒川から金一、〇〇〇、〇〇〇円を借り受けるにあたり、その附随の特約に基づいてその譲渡担保の趣旨でなされたものであることは前に認定したとおりであるところ、破産会社が被告寒川のために他の債権者に対する共同担保の減少をはかり、もしくは弁済を回避する等の不当な目的で、ことさらに被告寒川と通謀してしたというような、特段の通牒害意の存することの主張立証はない。したがつて本件においては、前段説明に照し、悪意否認の成立を肯定するに由ない。

次に、原告は危機否認の成立を主張するので考えてみる。成立に争いのない甲第一号証に前掲各証言および被告寒川本人の供述を総合すれば、破産会社は昭和三三年一一月二六日現在、多額の債務超過となり、ついにやむなく同日手形の不渡を発表し、店舗を閉鎖して一般的に債務の支払を停止した事実を認めることができ、これに反する証拠はない。そうだとすれば、昭和三三年八月五日になされた本件債権譲渡は、支払停止の後になされた行為ではないことが明白であるから、危機否認の主張も失当である。

以上のとおりで、本件債権譲渡行為の否認の成立は認定できないから、これを前提とする第一位の請求は理由がない。

四、次に予備的の請求原因としての否認権の行使の当否について判断する。

本件債権譲渡について譲渡人である破産会社が昭和三三年一二月一日付、同月三日差出、同月五日到達の書留内容証明郵便をもつて債務者である被告会社に通知したことは当事者間に争いがない。

破産法第七四条は、権利変動の対抗要件の否認について規定する。破産者からの権利取得につき、登記、登録、引渡、債権譲渡の通知等の対抗要件を具備しないときは、譲受人は破産財団に対しその取得を対抗できないから、破産者のする対抗要件充足行為は、権利変動の原因たる法律行為と同じく、破産債権者を害する行為たりうる。したがつて、権利変動の対抗要件充足行為も破産法第七二条の一般規定によつて否認の対象となる理である(破産法第七二条は民法第四二四条と異なり、法律行為のみならず法律的効果を生じる意思行為をも否認の対象とする)。しかしながら、当事者間ではすでに権利変動があつたのちのことに属するから、法は、右一般規定の適用を前提にしつつも、この特殊性を考慮し、否認権の行使を適当に制限する必要を認め、一般規定の制限の特則としたのが、第七四条の規定である。対抗要件については第七二条の適用がなく、その否認は第七四条によつて初めて認められたものではないのである。かように解してこそ、否認の対象となる対抗要件充足行為は、その主体が破産者に限ること(たとえば、債権譲渡の場合、第三債務者の譲渡承認があれば対抗要件は充足するが、その第三債務者が破産者でない限りその承認行為は否認の対象にならない)悪意すなわち、支払停止または破産申立の事実を認識したことは受益者たる債権者に関する要件であることの理解が明確に可能となるのである。

さて、そこで、他のことは別として、債権譲渡の対抗要件たる譲渡通知または承認が否認権の対象となる要件を考えるに、(イ)破産者が支払を停止し、または破産の申立を受けた危機の時期に(ロ)債権譲渡後一五日を経過したのちに(ハ)譲渡人たる破産者が第三債務者に対し確定日附ある証書をもつて債権譲渡の通知をなし、または第三債務者たる破産者が、譲渡人または譲受人に対し確定日附ある証書をもつて譲渡承諾の通知をなし、(ニ)対抗要件充足による受益者たる譲受人が右支払停止または破産申立の事実を知つていた、以上の要件があることを要する。

ところで、本件についてみるに、破産会社が昭和三三年一一月二六日支払を停止したことおよび本件債権譲渡が同年八月五日になされたことはすでに認定したとおりであり、その後一五日を経過した同年一二月五日に譲渡人たる破産会社が第三債務者たる被告会社に同年一二月三日という確定日附のある証書をもつて債権譲渡の通知をしたことは当事者間に争いがなく、前掲各証言に被告寒川本人の供述を総合すれば、被告寒川は昭和三三年一一月二六日訴外堀江からの電話で破産会社が不渡を発表したことを聞知し、その一、二日後破産会社を訪れて詳細に事情の説明を受け、支払停止の事実を知悉していたことを認めることができる。これに反する証拠はない。

そうすると、本件債権譲渡の通知行為は否認の要件を具備するから、原告の右否認の主張は理由があるものといわなければならない。

五、しかしながら、被告寒川が昭和三四年二月九日当庁に本件譲受債権請求の訴を提起し、当庁同年(ワ)第五〇九号事件として係属中同年四月七日被告寒川と被告会社との間に裁判上の和解が成立し、和解の内容として、被告会社は被告寒川に対し金九五〇、〇〇〇円の支払義務を認め、その支払方法を取り決めたことは原告の主張するところであり、被告等もこれを認めて争わない。そして成立に争いのない甲第四号証(和解調書正本)と被告寒川本人の供述によれば、破産会社は被告寒川に本件債権を譲渡しながら、他に二重に譲渡していた関係で被告会社がその支払を拒んだため、被告寒川はやむなく訴訟を提起し、本件譲受債権元金一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日以降の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めたところ被告会社は内金九五〇、〇〇〇円の債務を承認し、被告寒川は元金の一部五〇、〇〇〇円と遅延損害金の請求を抛棄し双方の互譲により右和解が成立したことを認めることができる。

そうすると債務者たる被告会社は右裁判上の和解により、昭和三四年四月七日(すなわち破産宣告の前日)の確定日附をもつて、本性債権譲渡について、譲受人である被告寒川に対して承諾を与えたものと解するのが相当である。この譲渡承諾により、本件債権譲渡は九五〇、〇〇〇円の範囲において対抗要件を具えるに至り、被告寒川は右権利を取得したものというべきである(この権利取得は、右譲渡承諾が破産宣告ののちになされたものであるならば、破産者の法律行為に因らない破産宣告後の権利取得として破産法第五四条によつて、その効力を相対的に否定されるであろう)。

六、以上の次第で、本件弁論にあらわれたところによると、本件債権譲渡はその一部九五〇、〇〇〇円の範囲において、譲渡人からの譲渡通知と債務者の譲渡の承諾という二重の対抗要件を具えている。そして前者は否認の対象になりその効力を失つたが、後者はそのまゝ存続していることもすでにみたとおりである。したがつて、譲渡通知の否認のみをもつて本件債権譲渡は破産財団に対抗しえないとしてなす、予備的の請求も結局失当として排斥するほかはない。

七、よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆)

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